『花嫁失踪事件』-「シャーロック・ホームズの冒険」を読んでみた。【全体のあらすじと考察】

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花嫁失踪事件(The Adventure of the Noble Bachelor)

または『独身の貴族』とも訳される。

 

「シャーロックホームズの冒険」に収録された短編の一つ。

花嫁が結婚式の直後に姿を消してしまった!?というストーリーです。

それでは、簡単なあらすじをまずはどうぞ。ネタバレですのでご注意ください。

感想はその下にまとめてあります。

 

 

あらすじ


1887年、最近紙上で世間をさわがせているロバート・セントシモン卿から依頼の手紙が届いた。

花嫁のハッティ・ドランが結婚式を挙げた直後にふらっとどこかに行ってから、消息がつかめないのだという。

 

セントシモン卿によると、彼女が消えた心当たりはほとんどないそうだ。

強いて言えば、結婚式の最中に花嫁がなぜかうろたえている様子だったということと、結婚式の後にセントシモン卿に横恋慕しているヘレナという女が家に押しかけてきたことだった。

ヘレナが家から追い出されたそのすぐ後にハッティは密かに家を出た。

そして目撃情報によると、公園でハッティーはヘレナと会話していたそうだ。

 

レストレード警部らはヘレナがハッティをおびき出して連れ去ったという見方をとり、池のそばに落ちていた花嫁の衣服を証拠品として入手する。

しかし、ホームズは服よりも中に入っていたレシートに着眼し、その後確かめたいことがあると言ってふらっと出かけてしまう。

調査から帰ったホームズはセントシモン卿を呼び出し、そして二人の客人を招き入れた。

失踪していたはずのハッティと、その実の夫、フランシス・モールトンである。

実はその昔、身分差があった二人は家族に隠れて密かに結婚していた。その後夫のモールトンは財産を築くために鉱山へ行ったのだが、崩落事故が起きてしまってからというものの消息不明になってしまっていた。

ハッティは深く夫を愛していたので、たいへん悲しんだ。そして、次に結婚することがあってもその心は彼の元にあろうと決めていた。

 

だから当然、セントシモン卿との結婚式の参列席に死んだはずの彼がいるのを見て、ハッティーは驚いた。

結婚式が終わってすぐ彼の元に行く途中で変な女(ヘレナ)に会ったが、急いでいたのであまり覚えていないらしい。

花嫁が消えたのは愛しい彼のもとに戻ったからなのだった。

 

政略結婚

 

ハッティとセントシモン卿の結婚が恋愛的な理由抜きで行われたことから分かるように、この時代の貴族の結婚にはお見合い結婚がよく行われていたようです。

しかも、お金持ちの家の女性は身分の低い男性と結婚するのには反対されがち。

ハッティと彼女の夫はいわゆるロミオとジュリエットみたいな関係だったんですね。

そんな二人のラブストーリーの当て馬にされてしまったセントシモン卿には、少し同情してしまう……。

かなりロマンス溢れる話ですが、この二人が周りに多大なる迷惑をかけたことは間違いありません。

ヘレナさんだって、失恋の上に花嫁誘拐の疑惑をかけられたものだから踏んだり蹴ったりでしょう。

願わくば、二人がそうした禍根を引きずらずにすっきり解決し、それぞれの登場人物が新しい人生を歩んで行けたら良いのですが。

 

 

そういえば、新しい人生といえばワトスンさんの結婚がありました。

この事件はワトスンが結婚するたった数週間前に起こったものです。

 

”thank our stars that we are never likely to find ourselves in the same position.”

――「我々の星回りに感謝しよう。こういう立場になることはなさそうだからな」

とホームズは言っていますが、確かに、ワトスンは恋愛結婚で本当に良かったね!

 

こじらせぼっちホームズ

 

上流階級の集いにまったく興味のないホームズさん、安定のこじらせぼっち

どうもホームズは何かの会食やら人の集まりごとには関心がないようですね。

せっかく身分の高い人が招待してくれても、むしろ迷惑といったスタンスをとっているらしいことが作中のセリフで読み取れます。

 

ワトスンが結婚していなくなった後は、彼はどのように世間と交流するのだろうか?

と思わずこちらが心配してしまう。

自分の代わりに新聞をまとめておいてくれるやつもいなくなっちゃうんだぜ。

 

まあきっとホームズなら仕事さえあれば生きていけるタイプの人間なのでどうにかなるのだろうけど、それはそれでどうかと思うのだ。

 

結婚するワトスンに向けて

 

この話はきれいなオチがついています。

 

”…… . Draw your chair up and hand me my violin, for the only problem we have still to solve is how to while away these bleak autumnal evenings.”

――「椅子を寄せて僕のバイオリンをとってくれ。今残った唯一の謎は、どうやってこの寂しい秋の夜を過ごすかということだよ」

 

というホームズのセリフがこの話の締めくくりです。

 

ああ、きっとホームズはこれからたった一人の観客に向けて演奏を聴かせるのだろうなあ、と連想させる一幕ですね。

 

ではせっかくなのでさらに妄想を広げてみましょう。

この時ホームズが弾いたのは「結婚」にまつわる曲だったのではないでしょうか。

今回の事件は結婚絡みですし、ワトスンももうすぐ結婚するので、エンターテイナー気質のあるホームズならそういう曲をチョイスするのは充分にありえそうです。

 

となると、この状況に合っていて、ホームズの選びそうな曲といえば……

う~ん……

 

はっ、そうだ!

メンデルスゾーンの結婚行進曲では!?

 

この曲はあの有名な結婚式で流れるパパパパーンのあれです。

もともとは「真夏の夜の夢」というシェイクスピアの劇に使われる曲でした。

 

 

真夏の夜の夢」のストーリーはこうです。

 

妖精の王オベロンと女王のティターニアが夫婦喧嘩をしてしまい、カチンときたオベロンは妖精パックに惚れ薬を使ってイタズラをしかけろと命じます。

しかしどういった手違いか、たまたまその森に入ってきた恋人たちがあべこべな相手に恋をしてしまいました。

魔法によって一晩の間にたくさんの恋のから騒ぎが起きますが、最後にはやっぱり魔法の力でみんな幸せになって元のサヤ……というお話。

 

 

めちゃくちゃ今回の事件と同じです。

ハッティとその夫は周りをさんざん振り回してから騒ぎさせたすえ、元のサヤに戻っています。

 

そのうえ、『緋色の研究』の中に書かれていることによると、ワトスンはメンデルスゾーンの曲が好き。

 

もうこれはメンデルスゾーンの結婚行進曲を弾かない理由がない!!

 

 

……と、ホームズが弾いた曲の推理ができて私はたいへん満足したのですが、こんなことは50年ぐらい前にホームズファンの誰かが既に導き出した結論なのだろうなあ。

そう思うと私の努力もわびしいものだ……。

それでも考察をしてしまうシャーロキアンの因果。

やはり、『シャーロック・ホームズ』には人を狂わせる何かがあるに違いありません。