『青いガーネット』-「シャーロック・ホームズの冒険」を読んでみた。【全体のあらすじと考察】

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青いガーネット(The Adventure of the Blue Carbuncle)

※青い紅玉、青い柘榴石とも訳される。

 

シャーロック・ホームズの冒険」に収録された短編の一つ。

クリスマスの朝、道に落ちたガチョウを拾ったら、その餌袋の中から途方もない価値の宝石が転がり出てきた。一体どうしてこんなことに?

という話です。

まずは全体のあらすじからどうぞ。感想はその下にまとめてあります。

 

あらすじ


クリスマスの朝のこと、パターソンという人が道に落ちたガチョウ帽子を拾い、その処遇に困った彼はホームズを頼った。それから2日後、ワトスンがホームズを訪れた頃にはガチョウはパターソン家のご馳走になり、帽子は仔細を検められていた。

しかしそこにパターソンが慌ててやって来て、なんとガチョウの餌袋から公爵の盗まれた青いガーネットが出てきたのだと言う。

その事件の容疑者は既に目星がついたが、まだ宝石は見つかっていないと新聞にはあった。


ホームズは帽子の持ち主を推理し、彼を呼び出して例のガチョウの購入場所を聞き出した。

そして調査に向かい、卸売店を見つけた丁度その時、ある男がガチョウの売付け場所を必死に尋ねている所を見かける。ホームズはその男を自分の下宿に連れこむと、よくよく話を聞いた。


公爵の滞在するホテルの従業員だった彼は宝石を盗んでしまい、罪を別の人間に擦り付けたというのだ。さらに小心な彼は、ガチョウ宝石を飲ませて持ち運べば見つかるまいと考えた。しかし後から捌いて見てみると宝石はなく、すわ取り違えたかと飼育所に戻ったもののガチョウはもう全て売りきってしまったという。

その内の一羽がある男に買われ、パターソンが拾い、そしてホームズに渡ったのだ。


しかしホームズは犯人を警察に突き出さずに帰した。冤罪の男は証拠不十分だろうし、小心な犯人がこれでもし刑務所に入ったなら一生犯罪と手が切れないと予期したからであった。

さらに時はクリスマス、赦しの季節だった。

 

偶然の不思議

 

The・クリスマス、てな感じでおおらかでちょっと愉快な雰囲気のお話ですね。

陰惨な事件ばかりのホームズシリーズには珍しい雰囲気。

ホイホイ頼まれごとを引き受けたり、ジョークを飛ばしたり、犯人を逃がしたり、と結構ホームズも浮かれていて、普段とはちょっと違う行動をしています。

また、クリスマスの奇跡的なものが起こるのも面白いポイントです。

 

 “…… those whimsical little incidents which will happen when you have four million human beings all jostling each other within the space of a few square miles. Amid the action and reaction of …… humanity, every possible combination of events may be expected to take place, and……”

――「たった少しの面積のなかで400万人もの人間が押しのけ合いながら暮らしていたら起こる、ちょっとした可笑しな出来事だよ。こんな過密な人口の中じゃ、全ての理論的に起こりえそうな出来事が、本当に起こるかもって考えられるんだぜ」

 

冒頭で、ホームズは帽子を調べていた理由を尋ねられた時にこう言いました。この時はパターソンがガチョウ帽子を拾ったことを指しましたが、これはこの事件全体にも言えることですね。

宝石を食べたガチョウは犯人の手を離れ、店に売られ、購入者が帽子と一緒に道に落とし、パターソンがそれを拾い、そうして宝石はホームズの手に渡った。

例えば購入者が帽子を落とさなければホームズはガチョウの買い付け先をたどっていけなかったように、どこかの輪が欠ければこの連続した出来事は起こりえませんでした。

そして結果的に犯人を捕まえることになったのですから、これは偶然というよりクリスマスが起こした奇跡かもしれません。

まさしくこんな狭い都会で人がぎゅうぎゅう詰めにならない限り、起こらなかった出来事だったでしょう。

 

宝石と報酬金の疑問

クリスマスだなあ……と優しい感じで終わるこの話ですが、案外説明されていない部分が多くて腑に落ちないところが。

 

・なぜホームズはパターソンから帽子を預かったの?

・宝石の報奨金は誰の手に?

 

という点です。ちょっと考察してみましょう。

 

落とし物預かり係


なぜホームズがただの拾得物を預かるなんてしたのかがよく分からない。

仕事が忙しくても、まあ預かるぐらいなら構わないと思ったのだろうか。それとも、帽子を調べることがそうとう面白そうだと感じたのか。

これはワトスンも疑問に思って質問したものの、その答えはパターソンの登場によって遮られてしまいました。

気になるんだけどなあ。

 

一応この理由については作中で、

 

“knowing that even the smallest problems are of interest to me.”

――「どんな小さいことでも僕が興味を示すと知っていたので」

 

と言われていたり、『赤毛組合』での依頼人の話によるとホームズは「貧しい人でも助けてくれる人」として知られていることが分かります。

 

”~~ as I had heard that you were good enough to give advice to poor folk who were in need of it, I came right away to you.”

――「あなたは貧しい人のためにもご助言を下さると聞いたので、それで私はすぐにあなたのところに来ました」

 

しかしそういった評判が広まっている一方で、ホームズはくだらない事件を嫌っているという印象が読者にはあると思います。

『ぶな屋敷』などでは「つまらない事件ばっかり持ってきやがって……」とブツクサ言っていて、その傾向が顕著に表れています。

 

こういうイメージが強かっただけに、今回の話でホームズが「落とし物預かり係」をしていることにはちょっと意外でした。

クリスマスで気分がおおらかになっていたのもあるんでしょうか?

 

報酬金は誰の手に?


お話の中で、公爵夫人は宝石の発見者に報酬を出すとしていたのでした。

結局は誰がその報酬を受け取ったのでしょうか?

 

“……the Countess to part with half her fortune if she could but recover the gem.”

――「公爵夫人は宝石を取り返すことさえしてくれたら、財産の半分を分け与えてもいいと考えている」

 

公爵の財産の半分というと相当です。

その上、別に報酬金が1000ポンドかけられています。

 

ここでホームズがこの話の後、ワトスンによって語られていない部分で公爵に宝石を返したと考えてみましょう。

その時、報酬を受け取る権利のありそうな人間は3人考えられます。

ガチョウを買った帽子の人と、それを拾ったパターソン、そしてホームズです。

帽子の人は自らガチョウの所有権を放棄することを明言したので(事態を知らなかったし、ホームズの誘導質問のせいにも思うが)、彼には報酬を分配しなかったとしても、きっとパターソンには渡したでしょう。

流石にパターソンは報酬金が出ることを知っていたので、それが分配されないとなれば彼は得る権利を主張するだろうと考えられるからです。

つまり、最終的に報酬金が分配されたのはホームズとパターソンということになります。

ホームズまたお金持ちになっちゃったね。

そして帽子の人カワイソウ。

 

正直に言うとこれはお金の問題だし、お腹が痛くなっちゃうので、あんまりフクザツなことは考えたくないですね…。

報酬金は辞退しました!

で、分配の問題がすっきり解決すればいいのになあ。

 

そんなの分かるわけないだろ?


“But you are joking. What can you gather from this old battered felt?”

“Here is my lens. You know my methods. What can you gather yourself as to the individuality of the man who has worn this article?”

I took the tattered object in my hands and turned it over rather ruefully.”

――「バカ言うなよ。こんなボロい帽子から何が分かるっていうんだ」

「そこにルーペがある。君は僕の手法を知ってるだろ。これを被っていた男の特徴について、君は調べられないのかな?」

私は言ったことを後悔しつつ、くたびれた帽子を手に取ってひっくり返してみた。

 

帽子だけで個人が特定できる訳がない、とワトスンは思わず疑ったが、それにムッとしたホームズにやり返されてしまう。

そして結局、降参……

 

“I have no doubt that I am very stupid, but I must confess that I am unable to follow you.”
――「僕は間違いなくバカだ。正直、君が言ってることについてけないよ」

 

とまで言っており、もう可哀想なぐらいにボッコボコにやられている。

しかし、ホームズが自分の捜査法に物凄く高いプライドを持っていることを、ワトスンは長い付き合いなのに忘れてしまっていました。

だからこれはワトスンの自業自得といえるかもしれないね。

 

分かるに決まってる! 

 

ところで、このブログでは基本的に原文を筆者が訳しています。

英語のプロでもないので不十分な所だらけだろうから、訳は参考程度にしておいて、読者の皆様にはぜひ原文の方を参照していただきたいです。

 

そしてその訳についてですが、

“What can you gather from this old battered felt?”

というワトスンのセリフはそのまま訳すと、

「君はこの古くてぼろぼろの帽子から何が分かるんだ?」

となる。

 

こう表現すると、おかしいと言えばおかしいし、おかしくないと言えばおかしくないというか……。とにかく、微妙文意が違ってとれてしまうように思えます。

ここで正しいのは、

「君はこの古くてぼろぼろの帽子から何が分かるんだ?(いや、さすがのホームズでも分かるまい)

という反語表現なのでしょう。

だからホームズもこのワトスンの発言に「んだとテメエ分かるに決まっとるわ」とやり返したのです。

 

ちなみにホームズもワトスンと同じ文型を使っていたので、彼も反語表現をしたのではないかと私は考えています。

「これを被っていた男について、君のほうは何か分かることはできるか?(まあできるよな、なんせ君は僕の捜査を一番近くで見てきたんだから)」

という感じかな?

こう捉えると、やっぱりホームズは嫌味な奴だ。

 

ホームズのユーモア炸裂!

 

この話はシリーズの中でも、もっともホームズのユーモアが光る作品なのです。

 

例えば、この話の終わりはこの言葉で締めくくられます。


“If you will have the goodness to touch the bell, Doctor, we will begin another investigation, in which, also a bird will be the chief feature.”

――「もし良かったら呼び鈴を鳴らしてくれ、ワトスン。そしたら次の捜査をしよう。これもが重要になってくるだろうよ」

 

これだけ聞いたら謎です

えっ、次も鳥にまつわる事件の捜査をするの?

と考えてしまいそう。

しかしそれより以前に書かれていたことを思い出せれば、この意味が分かります。


“I dine at seven. There is a woodcock, I believe. By the way, in view of recent occurrences, perhaps I ought to ask Mrs. Hudson to examine its crop.”

――「七時に夕食をしよう。きっと今日はヤマシギがでるぜ。ところで最近の出来事によると、僕はハドスン夫人にそいつの餌袋を調べるように頼んどいたほうがいいかも知れないよな」

 

このセリフ自体にもユーモアがありますが、とにかくここでホームズはワトスンを夕食に誘っていて、メニューにはが出てくると言っています。

そういう訳なので、ワトスンに呼び鈴を鳴らさせたのは夕食を運ばせるためで、「次の捜査」というのは食事のことを指していたのです。(実は最初読んだ時これが分からず混乱しました)

食事を捜査と呼ぶと、折角のご馳走が無味乾燥なものに思えてしまうように感じてしまうのですが、それもホームズらしくて面白い言い換えです。

 

 他にもに関するユーモアをこの話の中でいくつかホームズは飛ばしました。

 

“Eh? What of it, then? Has it returned to life and flapped off through the kitchen window?”

――「え? 今度はどうしたんだ? ガチョウが息を吹き返して台所の窓ガラス飛び出してったとでもいうのかい?」

 

パターソンが慌ててホームズの部屋に駆け込んできたシーンにて。

これ自体は陳腐なジョークですが、そもそもホームズがこんなブラックじゃない素直な冗談をいうのが珍しいと思う。


“Send him to gaol now, and you make him a gaol-bird for life.”

――「もし今刑務所に彼を送ったら、彼は一生渡り鳥のように刑務所を行ったり来たりすることになる」

 

ホームズが犯人を放免するシーン。

普通に読んでいたらうっかりそのまま流してしまいそうなシーンですが、ここでという表現を使ったのも意図的だったのでしょう。

 

ホームズは嫌味や遠回しな表現を好んで用いますが、こうして素直なジョークを飛ばすのは少ないのではないでしょうか。

そういう意味で、この作品はホームズの珍しい一面に迫っているといえます。

 

 

次回は異形の怪物のいる館に住む娘に襲い掛かる魔の手。『まだらの紐』です。

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