『ボスコム谷の惨劇』-「シャーロック・ホームズの冒険」を読んでみた。【全体のあらすじと考察】

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ボスコム谷の惨劇(The Boscombe Valley Mystery)

※他の邦訳には、ボスコム渓谷の惨劇、ボスコム谷の謎など。

 

シャーロック・ホームズの冒険」の四作品目の短編。

警察は容疑者を逮捕するが、実は真犯人がいて……という話です。

全体の簡単なネタバレあらすじをまずはどうぞ。その下に感想を書いています。

 

あらすじ


6月のこと、ワトスンはホームズにマッカーシー氏殺人事件の捜査を手伝わないかと誘われる。

容疑者は被害者の息子で、事件の寸前に激しい口論をしている所が目撃されていた。しかし息子の供述によると、頭を冷やそうと少し離れた隙に父が殺されてしまったという。

警察は息子を犯人と断定しているが、ホームズは彼の証言が潔白を偽るようなものとはかけ離れていることを指摘する。

 

ボスコム谷のホテルに到着したホームズ一行は、容疑者の幼馴染ターナー婦人に迎えられた。彼女は容疑者が無実だという証明をしてもらうために、レストレード警部を通してホームズに依頼したのだ。
現場の調査や聞き込みをしたホームズは、あの口論の理由が若さ故の馬鹿な結婚のせいで愛するターナー婦人と結婚できないことについてだったことを明らかにし、真犯人の正体を知った。
その後、ホームズはこの事件の犯人で、この付近の地主であるターナーを部屋に呼び出して真相を聞き出す。

 

長年ターナーは過去の悪行をネタにマッカーシーに脅され続け、近頃はターナーの一人娘を息子に嫁がさせようと強要するのですっかり神経が参っていた。

そしてあの時、マッカーシー親子が結婚の件で口論しているのを立ち聞きするうちに、ふと魔が差して殺害してしまったのだ。

ターナー氏はマッカーシーの息子を陥れるつもりは無く、もし彼が有罪判決を受けるようなら名乗り出るつもりだったという。

ホームズは以上の話を書き取り、必要に迫られない限りは決してこの供述を公表しないことを約束してターナーを帰した。


結局この供述は使われず、ホームズや弁護士らの尽力でマッカーシーの息子は無罪と判決される。

ターナー氏は事件から数ヵ月後に病死した。マッカーシーの息子は昔の女とも今回の事件で縁を切ることができ、親達の暗い過去を知ることのないまま、ターナー婦人と二人で幸せに暮らしているという。

 

気になってしまうアレ

 

“…… . I have a fairly long list at present.”

――「今日は結構予約があるからなあ」
良かった! ワトスンの医院は割と繁盛してるみたいです。

時系列的にはこの後の話になる『赤毛組合』では、仕事を放って遊びに行ってましたからね。そのせいで『赤毛組合』を読んだ時はワトスンのことが心配になっていたのですが、この描写のおかげで少し安心しました。

きっとあの時は忙しい間を縫って遊びに行っていたんだね!


ワトスンは戦役の経験を通して、素早くかつ少なく荷物を纏めるのが上手くなったらしいですが、その簡単な荷物の中にが入っていることが少し面白いです。たぶん海洋小説や冒険モノだったりするんでしょうね。

その本も事件に比べると内容が薄っぺらに思えてしまうようで、後で放り投げちゃってますが。

ターナーさん のこと

 相変わらず細かいところが気になってしまうのですが、ターナーという名前は以前にも出てきていましたよね。

ボヘミアの醜聞』で登場したホームズの下宿の大家がターナー夫人という名前だったのでした。何か関係があるのかと考えるのは深読みのしすぎかもですね。

ターナー夫人については、以下の記事で少し説明してあります。

hudebayashi.hatenablog.com

 

それにしてもホームズめ、ターナー氏の事が他人事ではないと思うのなら、不法侵入とコカインを自制する所から始めた方がよろしいでしょうよ。

“I never hear of such a case as this that I do not think of Baxter’s words, and say, ‘There, but for the grace of God, goes Sherlock Holmes.’

――こんなにバックスターの言葉に相応しい事件は今まで聞いたことがないな。いわく、「神の加護がなければ、これがシャーロック・ホームズの結末だ」

 

ターナー氏は昔やった悪い事をネタに脅迫されていたのだから、ターナーのようになりたくないなら悪い事をしなければいいと思うんです。

ホームズってばよく法律ギリギリの行動をするからなあ……。後の作品でもその行動を改めた様子は見られないので、この事件で得られた教訓はすぐに忘れてしまったようです。

 

絶妙なタイミング


“I see the direction in which all this points. The culprit is—
Mr. John Turner,” cried the hotel waiter, opening the door of our sitting-room, and ushering in a visitor.”

――「この事件のことは全て分かったぞ。犯人はーー」
「ジョン・ターナーさんです」給仕が居間のドアを開けて訪問者を招き入れた。

 

ワトスンがホームズの説明を聞いて、犯人を言おうとしたシーン。

給仕くん、すごくいいタイミングにやってきたものだね!

まさか給仕くんも自分が今、世間を騒がせている事件の犯人を案内しているなんて思いもしなかったろう。

 

こういう細かい所でドイル氏は話に緩急をつけてくるから、飽きないで読めるのだと思います。

 

警察とホームズ

 

この話では、レストレード警部が事件を理解できない馬鹿者として登場します。

いわゆる主人公の引き立て役です。

なので、頭が固く、ホームズの手法を散々馬鹿にしますが、自分は真相に辿り着けません。

皮肉屋なホームズと頭の固いレストレード警部が揃うと、紳士なので直接には言いませんが、かなりギリギリ(いややっぱオーバーしてるかも)なところで貶し合います。

見てて面白いぐらいに。

 

“Lestrade shrugged his shoulders. “I am afraid that my colleague has been a little quick in forming his conclusions,”

――レストレードは肩を竦めた。「残念ですが、彼はちと結論を急ぎすぎているようです」

“I am ashamed of you, Holmes,”

――私は君のことが恥ずかしいぞ、ホームズ。

 

と色々言われてしまいますが、ホームズも負けていません。

 

“That McCarthy senior met his death from McCarthy junior and that all theories to the contrary are the merest moonshine.”

“Well, moonshine is a brighter thing than fog,” said Holmes, laughing.”

――「マッカーシー氏は死ぬ時に自分の息子に会ったんだ。これに反する考えは全部、月明かりみたいにぼんやりした、ただのうすら馬鹿(moonshineはたわ言、下らないことという意味)ですよ」

「そうかい、でも月明かりは霧の中よりかは明るいけどね」ホームズは笑いながら言った。

 

上手い切り返し!

しかし、この「」というのは、レストレードのことをあてこすって言っているのではないかと邪推してしまいます。

 

 君は僕を「月明かり」の中にいるみたいにぼんやりしてるやつだと言うけど、君は「」の中にいてほとんど周りが見えていないよね。

 

みたいな。嫌味ですねえ。

 

 

ワトスンは特にレストレードに何か言われた訳でもありません。

それでも自分の尊敬するホームズの事を馬鹿にされたからなのか、同じく彼にはあまりいい感情を抱いていないようです。

 

“A lean, ferret-like man, furtive and sly-looking, was waiting for us upon the platform.”

――引き締まった体で、イタチのようにコソコソしてずる賢そうな男が、プラットフォームで私たちを待っていた。

 

“ferret”はイタチという意味だけでなく、探索者という意味もあります。

西洋ではイタチはうさぎ狩りなどに使われる動物。

レストレードもまた事件を捜査し、犯人を捕まえようとする人間の一人なので、こういう単語が当てられたのでしょう。

 

ホームズが純血種のハウンドでレストレードがイタチ、というのがワトスンの印象らしいです。動物ばっかか!

 

それにしても、レストレードもこの本を読むかもしれないのにワトスンはよくこうやって書けたものだなあ。

ワトスンってば、結構勇気があるようです。

 

 

 

次回は五つの種で示される奇妙な死の符丁。『オレンジの種五つ』です。

hudebayashi.hatenablog.com