『緋色の研究』-「シャーロックホームズの冒険」を読んでみた。【全体のあらすじと考察】

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緋色の研究(A Study in Scarlet)

※翻訳者によって緋色の習作とする所もある。

 

 シャーロック・ホームズシリーズの記念すべき第一作。

 ドイルはこれを「売れる!」と思って書いたものの、多くの出版社に原稿を突き返された、というのは有名な話ですよね。

 この作品から自分の読書の備忘録として、ホームズシリーズをまとめていこうと考えています。

 

 ではまずトリックとか捜査方法とかばっさりカットして、できるだけ短くしたあらすじをまずはどうぞ!

 感想・補足は下にまとめてあります。

 

あらすじ


 過酷なアフガニスタンの戦場から祖国イギリスに傷病して帰還してきた軍医のジョン・H・ワトスンは、手頃な住まいを検討し始めていた矢先に知人から家賃を折半する同居人を探している男の話を聞く。

 そうしてワトスンは「アフガニスタン帰りだ」と会うなり指摘してくる男に紹介された。

 彼がシャーロック・ホームズだった。


 ホームズと共にベイカー街221Bに暮らし始めたワトスンは、やがて彼が「普通」とはかけ離れていることに気づく。

 化学、解剖学、犯罪の歴史、地理、音楽など、興味のある事はプロ顔負けなほど大変よく修めているが、役に立たないことや興味のないことは(地動説でさえ)忘れてしまうようにしており、極度の倦怠で2、3日動かない時もあれば活力に溢れて動き回る時もある。

 交友関係は老若男女を問わず、ワトスンの経歴を一目で言い当てる鋭い観察眼を持つこの奇妙な同居人の職業的能力を、ある日スコットランドヤードから届いてきた事件の招待状によってワトスンは知ることとなった。


 諮問探偵シャーロック・ホームズは殺人事件が起こった空き家に赴いて調査を始めた。

 殺されたのはアメリカ人の男で、外傷は無く、遺留品は女物の金の結婚指輪、現場の壁には血文字でRACHEと残されていた。

 ホームズはグレグソン警部とレストレード警部たちの的外れな推理を論破して、男は毒殺であることや、犯人の特徴、RACHEはドイツ語で復讐の意味だと指摘する。

 死体発見後に酔っ払いの男を付近で見たという情報を第一発見者から得たホームズは、金の指輪の持ち主を探している旨を新聞に載せて犯人をおびき出そうとするが、巧みな変装によって逃げられてしまった。


  翌日、グレグソン警部は犯人と思わしき男を逮捕したと誇るが、しかしその後すぐレストレード警部がやってきて、被害者の秘書がRACHEの血文字を書かれて刺殺されているのが見つかったと言う。

 ホームズは浮浪者の子供の手を借りて四輪馬車を呼び出すと、その御者のジェファーソン・ホープこそが一連の事件の犯人だと示した。

 観念したホープは自分が病でもう長くないことを告げてから全ての真相と事の始まりを語った。


 モルモン教が支配していたアメリカのユタの土地でホープはある娘と恋に落ちた。

 しかし戒律は二人の恋を許さず、娘は二人の地位の高い男のどちらかと結婚させられることとなる。

 それに反発してユタから逃げ出すものの、娘の父は男の一方に殺されてしまい、娘は連れ戻される。

 やがて娘ももう一方の男との強制結婚の心痛で儚くなり、遺されたホープはこの二人の男に復讐を誓った。


 そして、数十年の雌伏の時と大陸を経て復讐はなされる。

 御者に扮して男達を後をつけ狙い、好機を見て毒薬とナイフを使って殺害した。

 無毒の薬と有毒の薬を用意し、天の公正な判断を信じて被害者たちにどちらを飲むか選ばせたが、第二の殺人では被害者が襲い掛かってきたため刺殺したのである。

 最初の殺害ですでに綻びは存在した。恋人の形見の指輪を落としたことに気づいてすぐに現場に戻ったホープは人がいたので酔っ払いの振りをしてやり過ごしたのだが、これが犯人を突き止める要因となる大きな失敗となったのだ。


 ホープは逮捕されて間もなく留置所で穏やかな表情のまま病死した。
 事件の解決は疑いようもなくホームズの功績だったものの、報道では全て警察の手柄とされてしまう。

 ワトスンはこの事件のことをまとめて、いつか世間にホームズの貢献を公表することを約束するのだった。

 

構成について


 捜査~逮捕からなる第一部と、真相が明かされる第二部からなる二部構成。

 

 御者を急に呼び出したと思ったらそいつが犯人だ! とかいう展開には驚かされました。ホームズがこの瞬間に一体どんなドヤ顔をしていたのか見てみたいぐらいです。

 

 しかし、結局犯人は人の裁きの届かない所へ行ってしまいます。

 被害者は悪い奴だし動機が復讐なもんですから、読者の反応を考えると犯人の制裁についてはハッキリしない所へ持っていきたかったのではないか……

 と、メタ視点で読むとそう考えられました。

 

 

 ところで、この作品が当時の人にウケなかった理由は2つあると私は推測しています。

 

・いきなりワトスンとホームズの出会いを描いてしまったこと

・物語に関係のない情景描写が多い

 

 実際、ホームズシリーズの読む順番は?とグーグルなんかで検索してみると、

  「シャーロック・ホームズの冒険」から読むのがおススメ!

 と推しているサイトをちらほら見かけます。

 ここから読むとホームズとワトスンの馴れ初めは分からないものの、ホームズが鋭敏に活躍するさまが分かりやすいですよね。

(「ボヘミアの醜聞」は一旦置いておいて……)

 

 それから二つ目について。

 この話では第二部が始まるとまず、広大なアメリカの寂寞とした荒野が描写され、まるで目の前にその乾いた風が迫っているかのように描かれます。

 荒野にはただ冷酷に生きる動物たちと、忘れ去られた旅人たちの亡骸の姿があるのみだ……。

 

 ……。

 この描写、いりますか?

 風景は真に迫っていて文学的にも素晴らしいと思うのですが、やや蛇足と感じてしまいました(一読者の感想です)。

 

ホームズの捜査法

 

 論文(シャーロック・ホームズの洞察と盲点-『バスカヴィル家の犬』 における結婚の制度-)で読んだのですが、ホームズはこの「緋色の研究」から最後まで捜査や推理法を変えないのです。

 

 (1)観察

 (2)知識で観察したことを確認

 (3)いくつかの仮説を立て、事実に合わないまたは合いにくい仮説を除外(消去法)

 (4)仮説が事実と合いそうか考える(確立の法則)

 (5)結果から原因を遡って考える

 (6)事件の類似例を参考にする

 (7)これらを前提に事件を脳内で再生し、矛盾なく再生できればそれが解

 

このような推理を鉄則としているらしいです。

 確かにホームズが最後にしてくれる事件の解説では、そういう思考をたどっているように見えますね。

 

 ではせっかくなので、ホームズの思考をたどってみようじゃありませんか。これをもとに「緋色の研究」での推理を分類してみましょう。

 

(1)観察  省略


(2)観察したことを知識で確認

 

・被害者の口からする酸っぱい匂いは一種の毒の反応に見られる

・足跡から身長を計測

・現場前のわだちは辻馬車

・煙草の灰を見分ける

RACHEはドイツ語で復讐という意味

・壁に残されたRACHEはドイツ人の書き方ではない

 

(3)いくつかの仮説を立て、事実に合わないまたは合いにくい仮説を除外(消去法)

 

 殺人の動機と言えば、法務総合研究所の調査によると以下だそうです。

憤まん・激情 
痴情・異性関係トラブル 
利欲目的
暴力団の勢力争い等 
検挙逃れ・口封じ 
介護・養育疲れ
心中企図
虐待・折かん
被害者の暴力等に対抗
その他

 それでは、以上を元にして犯人の動機が一体何だったのかを考えることとしましょう。

 

ドレッバー殺しについて

 

・カッとなった→犯人は犯行後もしばらく現場に留まり、復讐を示すRACHEを書いている。

・強盗目当て→金や装飾品も盗まれた痕跡はなかった。

・政治的暗殺→激情の動作や犯行後も現場に留まったことを犯人の足跡が示しているので、可能性は低い。

・心中→被害者の顔には恐怖が浮かんでおり、到底同意の上とは思えない。

・被害者の暴力に対抗した→血痕はあったが乱闘の跡はなかった。

・被害者の足跡が現場にあったので、死体が運ばれてきたとは考えがたい。

・遺留品の女物の指輪はポロっと落ちたので被害者の所持品ではなさそうだ(持ち物ならポケットに入れているはず)。

・また、指輪はシンプルな作りとはいえ金でできているので、もし第一発見者の巡査を持ち主として考えても、彼のあのガメツイさまを見れば落としたことに気づかないままでいるとは思えない。なので巡査の物でもない。

 スタンジャーソン殺しについて

 

・ドレッバーに使用したらしき毒薬や観察から推定した犯人像に合致した人物が犯行後に発見されたので、模倣犯や第三者の犯行ではない。

 

(4)仮説が事実と合いそうか考える(確立の法則)

 

・現場は人気のない所なので、辻馬車のわだちの跡はドレッバーと犯人が乗ってきた物に違いない。

・馬がうろついている足跡から、御者はしばらく馬車から離れていたと推測される。

・足跡はドレッバーと犯人のものしかないので、すなわち犯人と御者は同一人物(もちろん巡査などの足跡は除外している)。

・通常人間は目線の高さに合わせて文字を書くはずなので、壁に書かれたRACHEによると犯人の身長は6フィートに違いない。
・ドレッバーには外傷がなく、口からする匂いから毒殺がもっともらしい。

・乱闘の跡はないので、部屋に飛び散った血痕は犯人が興奮して元々あったケガが開いたか鼻血のはずだ。

・第一発見者の巡査が見かけた酔っ払い風の男はコロンバイン(アメリカの地名)の歌を歌っていた。アメリカ帰りの人間がアメリカ人殺しの現場付近にいたのは偶然とは思えない。

・現場には人気が無く寂しいところなので(おそらくパブもないだろう)、やっぱり酔っ払い風の男はたいへんあやしい。

・女物の指輪は上述した通り被害者や巡査の物ではないので、従って犯人の物だ。

・犯行後現場に犯人が戻ってきた理由には落とした指輪が関係するかもしれない。

・女物の結婚指輪を現場に戻る危険を冒してまで取り返そうとしたのだったら、動機には女が絡んでいそうだ。

・結婚指輪という事であれば、犯人か被害者のどちらかの結婚が関係するはず。

 

(5)結果から原因を遡って考える

 

 これは仮説を考えるときには事件後の状況から犯人の行動を類推するという事だろうと思うので、(3)と(4)で考えたということにしておきます。

 

(6)事件の類似例を参考にする

 

ユトレヒトのヴァン・ジャンセン

オデッサのドルスキー事件

モンペリエのルトリエ

をホームズは作中で挙げていますが、もちろんそれだけではないでしょう。

 数え切れないほどの犯罪記録を読み込んだ彼にとってはほとんどの犯罪が過去の事件とさして変わらないそうですから、そこから学んだことの応用ですね。

 

(7)これらを前提に事件を脳内で再生し、矛盾なく再生できればそれが解

 

 仮説や類似例を組み立てて、事件を再構成します。

 証拠が足りなければ穴抜けができてしまうでしょうが、証拠を揃えて事件の再構成が全てできればもう全貌はホームズの手の中です。

 

 なお以上のことからドレッバーの事件現場を見た時点で考えられることは、

 「犯人は御者で動機は女絡みの私怨らしい。被害者を馬車に乗せてやってきて、馬車を降りると脅すか誘き寄せるかして現場に連れ込んだ。興奮のあまり鼻血を吹き出しながら、毒薬を飲ませて殺害した。」

 

 後にこの推理を裏付ける証拠として以下が出てきます。

・落とした結婚指輪を危険を犯してまで取り返そうとした。

・スタンジャーソンの殺害現場にドレッバーの時に使ったらしき薬があった。

 この事実がさらにホームズの確信を強めたと考えられます。

 

 

 以上が大まかなホームズの思考でしょう。

 番号をつけて示しましたが必ずしも(1)~(7)の順番で行うわけではなく、新しい証拠が出るたびに仮説を変えたり作ったりして臨機応変に対応していると思われます。

 なんせホームズは天才なので、一瞬のうちに状況をとらえて仮説を作ることができるのです。私はと言えばただホームズの思考を箇条書きにするだけでもうクタクタなのになあ……。

 

犯人の動機、それでいいのか? 

 

 それにしても一見このホームズの推理はちゃんとしているようで、おやっと思うところがあります。

 それは指輪について。

 「女物の結婚指輪を落としてしまった犯人はその後慌てて現場にもどった。つまり指輪は犯人にとって大事なものだ。だから「女」が動機だろう」

 この論理が妙なポイントです。

 

 さきほどやった「ホームズの推理を体験しよう」にて、実は殺人の動機になりえることとして「口封じ」の事だけは書きませんでした。

 今回の事件の動機は「女」であるものの、仮説を立てている段階では口封じの可能性もあるように思えたのです。

(私には思いつかないのですが、口封じ以外にも動機が考えられるかもしれません)

 

 「犯人の昔やった悪行をドレッバーが知っていて、それを口留めしようとはるばるアメリカから追いかけてきた。犯人はドレッバーが大嫌いなのでようやく仕留められるということに鼻血まで出して興奮しながら彼を毒殺した」

 

 ということも考えられなくもない。実はその悪行というのもドレッバーの方が悪くて、それを制裁するために無毒の薬と有毒の薬を選ばせたというのも筋道が通りそうに思えます(動機を女から変えただけだしね!)。

 もちろんホームズも「女」説と同じくこの可能性を視野に入れていたことでしょう。

 しかしそこに指輪がでてきて、さらに犯人が指輪のために現場に戻ったことでホームズはこれはに違いなさそうだとヤマを張ります。

  ですが、この指輪について仮説が行き過ぎているように見えるのです。

 

指輪の仮説

 

「結婚指輪がそこに落ちていたのを知って、犯人はドレッバーに女を思い出させるために指輪を使ったのは明らかだと分かった(意訳)」

 

 後にこう発言していますが、さすがにその時点では「女」説の可能性が高くなったというだけで、確信はできなかったはずでしょう。

 たまたま女物の指輪を持っていた犯人がたまたま薬を出す拍子に落としたのかもしれないじゃないですか。(いや、考えてみればちょっとたまたま過ぎ…?)

 

 そもそも、

犯人が現場に慌てて戻ってきたのは本当に指輪のためだったのか?

 という疑問がこの時点であってもいいはずです。

 というか、そこが一番言いたいポイントです。

 ひょっとしたら指輪のためじゃなくて、

 

・現場に自分が特定できる証拠を残さなかったか心配になった

・後から考えたら現場でまだやり忘れたことがあった

 

 というような理由(犯人は現場に戻る、というのはあまりに有名な格言)で戻ってきたのかもしれない。

 犯人が非常に興奮していたのは鼻血から読み取れるため、犯行中の記憶が飛んで後から不安になるというのは充分にありえそうです。

 

結局……

 

 この可能性が否定されて「」が動機で間違いなくなるのは、ドレッバーが昔の恋敵のジェファーソン・ホープに狙われていたという情報を知った時です。

 しかしホームズはその情報を得る前から「犯人は指輪を取りに現場に戻ったのだ」という主張をしています。

 確かにその可能性はとても高いのでそう考えるのが自然かもしれませんが、他の動機も考えられるよねえ…というお話でした。

 

 とはいえ、指輪が犯人のものであるということはほぼ間違いないので、指輪をおとりにして広告を出すというのは結局のところ正しい判断ですよね。

 

グレグソンはどう尋ねた?

 

そういえばもう一個ホームズの推理に妙なところがあったのでした。

ドレッバー殺害現場にて、ホームズはグレグソンに

「ドレッバーのことについて電報で問い合わせてみたか」と聞き、グレグソンは

スタンジャーソンのことについて尋ねた」と応えました。

そしてホームズは事件の終わりの解説で

「ドレッバーは結婚していたか問い合わせてみたところ、彼はずっと昔の恋敵に狙われていて、保護を求めていたことが分かった」と言います。

 

グレグソンは「スタンジャーソン」について聞いたから何も分からないままで、ホームズは「結婚」について聞いたからホープについての情報を得ることができた、という事らしいです。

しかしドレッバーが殺されたことを相手側が知っていたなら、グレグソンへの返報ですでに、

「彼は昔の恋敵に狙われていたんだ、ひょっとしたらそいつが犯人かもしれんぞ」

と説明してくれそうなものです。

このことについてそこそこの読者が疑問に思ってきたらしいですが、これをうまいこと説明したものはあるのでしょうか?

 

私の考えでは、グレグソンは電報で

「ドレッバーは死んだ。ちなみにスタンジャーソンってどんな奴だ」

という風に(つまりドレッバーのことについては殆ど触れずに)聞いていたから恋敵の情報が得られなかったのではないでしょうか。

あるいは「ドレッバーが殺された」と聞いても、「へ―そうなんだ」と相手側が特に調べもせずに納得したとか。

 

大人しいホームズ!?


 この作品ではホームズは極々規則正しい生活を送っているという描写です。

 ワトスンもいきなり変人ぽい所(会った途端に「アフガニスタン帰りだ」と言ってきた、血液析出法を語ったり)を見せられてどんなやつだと思ってたら

「一緒に暮らしてみると彼は過ごしやすい男だった」

という感じで好印象な様子。

 ホームズめ、ワトスンとはまだ知り合って間もないので猫を被っているのかもしれないな。

 様子を伺ってるのか、人見知りなのか、もっとありそうな所でいえば折角の同居人を早々に失いたくはないからか。


 そしてホームズとワトスンがまだ親しくない様子は、振り返って読んでみているとかなり新鮮。捜査に出かける時もワトスンには来たいなら来なよ、という態度です。

 まあそのうち別の事件のお話なんかでは、「都合が良くても悪くても来い」とワトスンに対して扱いが酷くなる信頼していくようになるのだが。


 とはいえ人を馬鹿扱いする姿勢はここからシリーズの最後の話まで変わっていません。

 チクチクチクチク……ホームズの嫌味っぽさは逆にになってしまう(実は私、ホームズの嫌味や罵倒をメモにちまちま集めています)。

 しかしグレグソン警部やレストレード警部にとっては腹立たしいことこの上なかったでしょうね。

 ワトスンのような友人には皮肉も親しみがありますが、警部たちには本当にコイツらは馬鹿だと思って嫌味を言ってます。酷い

 それにしても一番高慢ちきに振舞っているのはこの作品のように思えます。

 多少人当たりがよくなっていく後年の作品よりむしろ愛嬌があって好きかもしれません。ウザイけど。

 

 さらに思考を邪魔する奴には辛辣な所も変わりませんね。

 ワトスンもまだホームズのことをあまり知らないせいでうっかり考え事の最中に話しかけてしまい、あからさまに鬱陶しがられてしまいます。

 一応ホームズも気遣いある紳士ですからすぐにその態度を謝るものの、その時のワトスンの居心地の悪さはいかがなものだったろう。

 

 でもそんなホームズでも褒められるのには弱いようで、心からの賞賛には照れくさそう。

「自分の知能が褒められると、美しさを褒められた少女のように敏感に受けとめて頬を染める」

 なんだか大の男にしては随分可愛らしい描写ですが、なんだホームズにも意外と人間味があるじゃんか! と読者としてはホームズを身近に感じるワンシーンです。

 そしてワトスンには「私はすでに彼が褒められると嬉しがるということを知っていた」と書かれてしまう。

 普段はホーカーフェイスなのにこればっかりはバレバレだね。

 もっともホームズが人に心を動かされることなんて褒められた時以外には滅多にないので、貴重なシーンでもあるのです。

(なんてったってコイツは褒めるタイミングとなおかつ内容も良くないと渋い顔をするのだ)

 

ワトスンの立場は少し不思議

 

 どーせみんな僕の功績なんて見てくれないよ……

と投げやりなホームズに、ワトスンは

 それじゃあ僕が君のことを世に喧伝してやるから今に見とけ!

と友情溢れるお言葉をかけてあげたことから、この「緋色の研究」、そして後のシャーロック・ホームズシリーズが描かれた訳です。

 まさかこれがこんなにも世界中に語り継がれて、探偵といえばホームズなんてことがが子供でも知ってる常識になるなんて、この時には大探偵ホームズでも分からなかっただろう。

 ありがとう、ワトスン!

 シャーロック・ホームズに出会わせてくれてありがとう!

 え? アーサー・コナン・ドイル

 ああ、出版代理人の……じゃあその人にも一応感謝しときます。

 

(色んな人が大激怒なボケはさておき)閑話休題

 

 ワトスンは語り手ですから、シリーズを通してあまり彼自身について描かれません。

 しかし見えないものは暴きたくなるもの。彼に秘められた謎に挑戦したくなる気持ちがムラムラと……。

 

 例えば、

 ワトスンは結婚を何回したのか?

 ワトスンの負傷部位は一体どこなのか?!

 

など。

 マニアックなシャーロキアンの皆さんが何度も検証してきたこの問題ですが、ちゃっかり私もこれにいて考察をしている最中です。

 負傷部位については、取り敢えずこの作品中では左肩に負傷(ホームズが「左手が上手く動かないようだ」と発言する描写)しているらしい。

 ただし「四つの署名」以降は傷跡は足にある、という描写になります。詳しくは「四つの署名」の記事で。

 

シリーズの始まりにふさわしい

 

 批判的な感想もありますが、やっぱりこの「緋色の研究」はホームズとの劇的な出会いやその類いまれな能力を初めて発揮する舞台にふさわしいと思います。

 シリーズ物の因果か、この作品での設定は後の作品と矛盾する所もあったりするものの(上述したホームズの生活習慣など)、根本の設定は変わりませんから普通に読んでいたら気にならない程度です。

 

 ここからワトスンとホームズの交友、そしてホームズシリーズ巡礼が始まるのです。

 

 

 何十億もの価値を秘めたアグラの財産を巡る事件、「四つの署名」に続く

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